あの日、偽物の毛が起きた瞬間、私は動けなくなりました
倉庫の床に落ちた白い毛を、私は指先でつまんだ。軽い。静電気みたいに、皮膚にまとわりつく。
でも――匂いがない。猫の毛は、もっと生き物の匂いがする。洗剤でも、柔軟剤でもない。無臭の“材料”のようだった。
「それ、猫の毛ですか?」
背後からユイの声。いつもの明るさをまといながら、芯だけが冷たい。
「違うわ」私は毛を封筒に入れた。「撒かれたものよ。誰かが、ここを猫の仕業に見せたいの」
ユイは笑った。「猫って、何でも許されるから便利ですよね」
その言い方に、私の背中が固まる。便利。命を便利で片づける人間の声音だ。
私は倉庫の隅に並ぶ空箱を見た。精密機器。宛名もシリアルも剥がされている。運び出しの痕跡を消すやり方――私が昔、見慣れたやり方。
ふと、通路の壁にある小さな換気口に目が止まる。猫が鼻先を入れる程度の隙間。そこに、同じ白い毛が引っ掛かっていた。
“通った”のではない。“擦り付けた”のだ。
私は封筒をポケットに入れ、ユイを見た。
「あなたたち、猫を守ってるふりをして、猫で隠してる」
ユイは答えず、視線だけで私を測った。
その瞬間、廊下の奥から、軽い鈴の音がした。首輪の鈴。
――刻印13の猫が、また戻ってきている。
私は動けなくなった。
この店は、猫が戻る場所じゃない。戻される場所だ。
次回:スタッフ4人の“同時に重ならない”シフトが暴く、もう一人の存在。
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